転載元: 激論! どんな政権が日本経済を救えるのかニコ生、2012年12月4日放送
アゴラ研究所、現代ビジネス、共同企画12月16日の総選挙を前に、次期首相が有力視されている安倍晋三・自民党総裁の大胆な経済政策がにわかに注目を集めています。
安倍氏の言う通り、インフレにすれば本当に日本経済は立ち直るのか?お金を刷ればデフレは解決して景気はよくなるのか?日銀の何が問題なのか?増税はどこまで国民を苦しめるのか?私たちの生活を楽にして、将来の不安をなくしてくれるのは、どの政治家の、どんな政策なのか……?
今の経済論壇をリードする3人の人気論客、山崎元氏(経済評論家)、池尾和人氏(慶大経済学部教授)、池田信夫(経済学者)が、ニコ生(2012年12月4日放送)で激論を交わしました。
山崎 元(経済評論家)
池尾 和人(慶大経済学部教授)
池田 信夫(アゴラ研究所所長)池田:安倍晋三自民党総裁のインフレをめぐる発言が話題になっているが、山崎さんの意見は?
山崎:いわゆる「インフレ期待」が高まったほうが円安へも振れるだろう。デフレが長く続いてきたことに対する調整も考えれば、2%から3%程度の少し高めのインフレを目指す、という政策を掲げるのは(日本経済にとって)いいことだと考えている。
池尾:(私自身を含めて)多くの経済学者のコンセンサスとしては、消費者物価指数が1%から3%程度の「マイルドなインフレ」はいい、ということになっている。多少は物価が上がったほうが経済は元気になる。
インフレ率と失業率の間にトレードオフ(相反関係)がある、というのは、確かにかつては経済学における支配的な考え方としてあった。すなわち、少しインフレを我慢すれば失業率を下げることができる、ということになり、インフレ率を低く抑えようとすれば失業率はどうしても増えてしまう、ということになると考えられていた。しかし、それは1960年代頃までの古きケインズ経済学、オールド・ケインジアンが大勢だったころの話であり、最近の学説は必ずしもそうではない。インフレ率と失業率にトレードオフがあるとしても、それはあくまでも一時的な現象に限定される。中長期的にこうしたトレードオフが現出し続けるのか、と言われれば、今では「それはない」というのが経済学の支配的な考え方になっている。
池田:安倍総裁は「世界中の中央銀行はそうした政策を採っている」と言っているが、これは単純な事実誤認だ。
中央銀行の役割としても失業率を問題にすることはほぼあり得ない。(米国の)FRBは例外である。話を整理すれば、ゆるやかなインフレが望ましい、また、インフレによって経済調整がやりやすくなる、ということで意見は一致している。では、(マイルドな)インフレがいいことだとして、それが可能かどうかが問題だ。
インフレ・ターゲットを設定したとしても、実際にどうやったら「マイルドなインフレ」を実現することができるのか。日銀がかつてやった(長期的に低金利を続けることをアナウンスする)「時間軸政策」に近いものだが、みんなが物価が上がりそうだと思う、いわゆる「インフレ期待」が高まる雰囲気を醸成させられるだろう。
池尾:時間軸以外にも金融緩和でまだまだやれることがある、というわけだが、為替介入や財政出動することは「金融緩和」ではないし、これを「金融緩和」と呼ぶべきではない。これは、財政赤字を拡大して有効需要を増やす政策、というべきだ。こうした政策をやれば実際にインフレにすることは不可能ではない。しかし、これは財政政策でインフレ圧力を作り出すことにほかならない。金融政策というのは基本的に、損得が発生しない等価交換である。たとえば、民間から10億円の国債を買い上げる代わりに10億円の貨幣を出す。これが金融政策である。ところが、この等価交換の範囲から逸脱して、お金を一方的に配る、という不等価交換を実行すれば、もちろんインフレにすることは可能だと思う。だが、それを「金融緩和」という名前で呼ぶのは全くミスリーディングで、そうした呼び方をするならば、責任の所在をひじょうに曖昧にすることになるだろう。
池田:同じようなことで言えば、日銀が民間銀行との間の取引でお金を出すことと、たとえばヘリコプターからお金を世の中へバラ撒くのは全く違う。だが、等価交換で銀行に資金を供給しても、市場へ資金がまわる保障はない。ヘリコプターからお金を撒いたら確実に市場へ資金が供給されるし、確実に物価が上がってインフレにはなる。
池尾:その「ヘリコプター・マネー」という名前で呼ぶと、あたかも金融政策のように聞こえてしまう。だが、繰り返すが「金融」というのは、あくまで貸し借りであり、等価交換であって、貸したお金は返してもらわなければならない。だから「ヘリコプター・マネー」を金融政策だと考えてはいけない。政策の効果は認めるが、名前を偽ってはいけない。
池尾:銀行の貸出金利が、国債の利回りに引きずられて下がっている。銀行の調達金利はずいぶん前から実際上ゼロなのでもう下がりようがない。それで結局、銀行がお金を貸し出すときの利ざやも下がってきていて銀行の経営を圧迫している。利ざやが下がってきて、貸し倒れなどの信用コストをまかなえないくらいにまでなっている。貸出金利が下がることで景気を刺激するという経済効果はないとは言えないが、利ざやの低下から銀行の貸し出し姿勢が抑制されるマイナスの効果も無視できない。山崎:たとえば消費税についても、マイルドなインフレのためには増税を見送って世の中にお金をまわす、という選択肢もある。そもそも経済の問題は、物価上昇率であり成長率である。(物価も上昇せず成長率も鈍化している中で)増税するのは財政政策としてはおかしい。池尾:そもそも私自身は財政赤字を拡大するような政策には反対だが、もし仮に財政赤字を増やしてインフレを引き起こしたいならば、無駄な公共支出をしなければ効果的ではないだろう。給付金などのかたちでお金をバラ撒いても、その大半が貯蓄へ回ってしまう可能性が高い。財政赤字が拡大していくならば、将来の増税に対する不安がたかまるので、当然に家計は防御的な対応をとることになる。だから、需給ギャップを縮めて物価を上げたいならば、資源配分はゆがめるけれど公共事業のほうが効果的だろう。
池田:自民党は、10年間で200兆円、1年で20兆円の公共事業をやる、と言っている。理想的にこのお金がバラ撒かれればギャップが埋まるだろう。ではいったい、この政策は望ましいのだろうか。
山崎:(財政赤字を増やしてインフレを引き起こすために公共事業をやる場合)財政赤字の残高が大きいときの弊害としては、実質的な長期金利が上がって投資がしにくくなり、国債が消化しにくくなる。また、インフレになって通貨が安くなり、国民の購買力が減退する。ところが、実際には長期金利は低いし、デフレでもあり、さらに円高状態が続いている。こうした症状からみれば、財政赤字の残高が大きいとはけっして言えない。
池尾:確かに、これだけの財政赤字があるのにもかかわらず、国債利回りも安定した低位で推移している。というよりも、問題が起きていないのは、長期金利が非常に低いままだからだ。しかし、それは、今日まで金利が低い状態が続き、国債を買った人が「お金を返してくれ」と今日まで言ってこなかっただけのことだ。明日以降も同様の状態が続くことを保証するものではない。もしかすると、明日、金利が上がり、国債が売られるかもしれない。山崎さんがおっしゃっているのは「限界を試しながら進んでいく」ようなものであり、私自身は「限界を試す」ようなことはしない方がよいと考えている。
山崎:長期金利について言えば、日銀がどうしてもインフレ誘導政策に及び腰なのは、国債の金利が上がれば市中銀行の経営をかなり圧迫する、というのが理由なのではないか、という話もある。しかし、銀行の(収支決算の)ために長期金利を変動させられない、というのは本末転倒だ。
池田:日銀は短期金利をある程度はコントロールできるが、まがりなりにも金利がついている国債(10年もので0.7%の金利)などのリスク資産の長期金利を低く維持するためには日銀は国債を買い続けなければならない。だが、池尾さんは、市場があるとき日本国債から手を引き始めれば、国債の価格が下がり国債の金利が上がるようなドラスティックで不連続な変化が起きる、と懸念している。
山崎:インフレ率がほぼゼロであるなら、国債の金利だけがハネ上がったとしても、銀行や生保が国債を買うだろうから、その状態が継続的に維持されることはないだろう。
池田:しかし、金利や物価は(賭けのようなことをして果たして)コントロールできるのだろうか。
山崎:確かにマーケットは予想がつかない。だが、財政赤字はかなりの額あり、物価も望ましくない状態にある。財政政策と金融政策で少しは望ましい物価の状態へ持って行くように舵を切ったらどうだろうか、という話だ。
池田:ただ、可能性として長期金利が暴騰して国債が暴落するようなリスクがある政策を果たしてとるべきなのかどうか。
池尾:GDPギャップが仮に10兆円なり20兆円あった場合、それを財政赤字で埋め続けるということなのか。
山崎:ある程度、埋めていき、インフレ率が目標に到達したら引き締めに転じる、ということだ。
池尾:財政赤字の拡大という財政政策でインフレを引き起こすとしたとき、そうした政策は、単に一回限りやればすむものではない。基本の経済構造が変わっていない限り、財政支出を止めれば、また元に戻ってしまうからだ。そうなると、財政収支に対する長期的な見通しが変わってしまう可能性もあり、その影響で長期金利が変動するリスクも生じる。実体経済が良くならないのに長期金利だけが大きく上がれば、それは問題だろう。ただし、一般の銀行に関して言えば、金利が上がらないから困っているのが現状で、インフレ率の上昇と連動して長期金利が上がるぶんには、実はそう困ることにはならないのではないかと私は考えている。
山崎:日本の国債の残高や財政赤字が膨大なのにもかかわらず、どうして長期金利はひじょうに低いし、物価も低いままなのか。あえていえば、政府の債務(国債)に対しての信任が過剰、と考えることができる。その政府が発行する通貨価値に対する信任は、予想インフレ率の逆だ。これは、果たして国債の供給量が過大なのか過小なのか、という問題にもつながる。これは米国の債券市場や国債と比べても、日本の国債の供給量は必ずしも過大とは言い切れない。池尾:高度成長が終わり、民間の投資が減退したが貯蓄は減らない、という状況で投資と貯蓄のギャップを埋めるために国債を出さざるを得なくなった。その後、財政赤字が恒常化してくると、今度は、これ自体が経済成長率を押し下げる要因になってしまった可能性がある。期待成長率が上がらないので、企業は設備投資をする必要がない。すると(投資に使われない)貯蓄が潤沢にある状況になり、その結果、国債の消化だけは順調に行われるようになった。そういう意味で、山崎さんが言われたように、国債は供給量を問題なく消化できている。こうした国債の発行自体が需要を生むような循環は、望ましくはないが安定した均衡状態なのは確かだ。だが、この均衡状態こそが低成長やデフレの原因になっている。だから、低成長やデフレ状態から脱却するときには、今の安定した均衡状態も同時に崩れる、という可能性を同時に想定すべきだろう。
山崎:低成長でデフレだからこそ、こんなに低利の国債であっても需要がある。だが、成長率やインフレ率が高まることで、(国債に向かわない)新たな資金需要が生まれるだろう。インフレ目標を2%に設定するために、金融政策と財政政策をうまく組み合わせていく方法は、やってもおかしくないのではないか。
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