『ごめんね青春!』みなさん、雪解けの時が来ました。性別が違う、宗教が違う、成績が、偏差値が違う。私たちは、何かと理由をつけてお互いを拒絶してまいりました。けれどそれは、「汝の隣人を愛せよ」という神の教えに背くものです。信仰心が信仰の妨げになっていたのです。でも生徒たちは違った。私たち大人が越えられなかった壁を彼らは軽々と乗り越えたのです。私たちもそれを見倣わなければなりません。「狭き門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、 そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを 見いだす者は少ない。」
厄介な隣人を愛するなら、狭き門から入りなさい。
頭だけ下げて、なんで頭下げてるかわからないような、そんな謝罪を繰り返すより、一度とことん、一旦どんなに険悪になろうとも、疑問点をぶつけ合えばいいと思う。
朝日新聞の社長が中途半端なカタチながら、ともかくも謝罪して辞めた。
産経新聞の支局長は、ずっと かの地で、理不尽に足止めを食らってる。
APECが終わった途端、終息に向かうという、アカ珊瑚密漁のわざとらしさ。
来年、戦後70年、
きっとまた隣人は、なんだかんだと言ってくるんだろう。
そのときは、一度くらい、
『一歩も退かない』外交っていうのを、前例としてつくってみせろ、
って言いたい。
そういう時が来たんだ。
その結果次第で、やっぱり、軍隊なり、核兵器なりを持たなきゃいけないっていう成り行きになったなら…
それはそのとき、真剣に考えることになるだろう。
そういう時が、来てるんだ、と考えるしかない。
もちろん、そうならずに付き合える隣人であるなら、
それに越したことはないんだけれど…
これまで当たり障りなく、広き門をくぐり続け、
それが結局、だいぶの遠回りとなった。
本気で問題に向き合おうと思えば、狭き門から行く勇気、
もうそろそろ持つべきだ。