日本人はサイバー犯罪の怖さを知らなすぎる 21世紀は軍事より情報戦争が主流に
東洋経済オンライン / 2015年9月26日サイバー犯罪の手口はますます巧妙になり、国、組織、個人を問わず誰もが被害者になる可能性があるという。『サイバー・インテリジェンス』著者の伊藤寛氏に聞いた。膨大な個人情報が流出したあの事件の犯人は……
──日本年金機構へのサイバー攻撃の犯人は日本人ではない?年金機構の個人情報流出の記事を新聞で読んだ瞬間、これはやばいと思った。報道の初めの頃、警視庁公安部とあった。一般のサイバー犯罪は警視庁では生活安全部が手掛ける。そこはサイバー捜査官がたくさんいる。ところが公安部は公安警察で治安維持主体、外国のスパイも取り締まる。そこがいきなり捜査元なのは何かある。警察は、サイバー畑の民間人が知っている以上に何かを知っている。これは外国が絡んでいると、ピンときた。この事件の前後から、表面上はサイバーの「敵側」がやり方を変えたように見える。だが実際はそうではなく、政府の上層部が、日本人はもっとサイバー犯罪を知らないとダメだと考え、積極公開に方向転換したのではないか。以前は、特に民間は公表しない。株価は下がるし、企業は非難の的になる。だから隠していた。最近は発覚しても潰れないようなところばかり。しかも第三者機関に指摘されて公表、との報道さえ流れる。ある意味、潮目が変わった。──なぜ。21世紀に戦争というものの概念が変わっている。情報分野では今や戦争状態になっていて、それを日本人ははっきりと認識していない。これでは大変なことになる。そもそもスパイ活動のインテリジェンスは昔からあり、そこにサイバー技術が加わり高度化した。高度のサイバー技術を使うことによって、より早くより大量に、より痕跡を残さず安全にスパイ活動ができる。ネット上では誰がやっているのかわからず、捕まえようがない。ただし、日本はサイバー技術を使うインテリジェンスを手掛けてはいない。──戦争概念に軍事戦争、経済戦争、そして情報戦争とかけるウエートに変遷があるのですね。人類の歴史を見ると、長年軍事という暴力で相手に言うことを聞かせてきた。冷戦は経済力で旧ソ連を倒したという意味で経済戦争だった。ここでの戦争とは、国対国の利害が対立したときに話し合いでは追いつかないので、力をもって自分の意思を強要することだ。この力をもってするのはクラウゼヴィッツの『戦争論』にも書いてある。その後、トフラーが3つの力に注目した。暴力に加え、おカネと知恵だ。言い換えれば軍事力、経済力、情報力になる。冷戦時代はまさに経済の土俵の上で資本主義が勝った。太平洋戦争も軍事力の裏にあった経済力が死命を決した。過渡期だったわけだ。──21世紀は情報戦争の時代?21世紀は知恵の戦いが深まる。つまり情報戦争だ。情報戦争では、情報を通じて相手が当方に都合のいい決心をしてくれれば、勝ったことになる。国対国が暴力に訴えるのは非常に難しくなっている。その代わり、経済力を使ったり情報力を使ったりして自分の意思を強要することが普通に行われていて、米国はその最たるものだ。経済制裁は一種の戦争行為なのだ。経済力でやってみて、それがダメなら情報で挑む。いつ何時、軍事力、経済力、情報力が錯綜した本当の複合戦争が起こるかわからないのが今日の世界だ。米国はいちばんそうしかねない。しかも米国は今までもルールを何回も変えている。怖い国だ。当分は敵に回さないほうがいいと思う。──安全保障法制は戦争の概念が軍事で止まっていませんか。20世紀までの国際法の範疇でものを見て、もともと日本は世界の軍事の常識からかけ離れている体制になっている。むしろ新しい安保法制なら困らない国が情報戦争を仕掛けていて、だまされている気がする。情報戦争において軍事戦争が前提ではナンセンスなものもありうる。軍事戦争は国際慣習法が明文化されていて、勝った者の独裁になりがちとはいえ、一応縛りはある。ところがインテリジェンスには、そもそも国際法はない。しかも、サイバーを使ってのインテリジェンス行為にステージが上がり、ますます秘密裏に攻撃ができる。インテリジェンスはサイバーと親和性が高い。情報戦争でも国際法上で明文化の動きがあるが、肝心なところは議論が分かれていて結論がなかなか出ない。むしろインターネットを米国に野放図に使わせたくない、中国やロシアが国際条約作りに乗り気だ。──国家機関が他国の民間技術を盗んでいく例もあるようですね。国が民間の技術を盗む例は、私が知るかぎりでは中国だけだ。国がほかの国の政府の情報を盗むのはお互いにしていることで、これはいわば責めないことになっている。問題は国家機関が民間企業の秘密を盗んで、それを自分の国の企業に渡してパクらせていることだ。これはあまりにもフェアでない。今も米中で問題になっているが、中国からすれば、スノーデン事件で明らかになったように、米国はどの面下げてそんなことが言えるのかという態度だ。弱点を突かれるとひとたまりもない電力自由化
──日本の経済界に対しては電力自由化で警告しています。電力自由化のサイバー犯罪がらみの問題点は二つある。電力はためておけないので、常時需給のバランスを取らないといけない。それが大きく崩れると、弱いところから将棋倒しに発電機能を失う可能性がある。米国は10年前から「サイバーストーム」と命名した国際演習を敢行しているが、メインは電力への攻撃で、最もやばいと判断している。日本は電力自由化でこれから発・送電が分離される。どうバランスさせるか、仕組みの弱点を突かれるとひとたまりもない。もうひとつは戸別に導入されつつあるスマートメーターだ。現状ではサイバー攻撃上非常に弱点があるように見える。もしハッカーが乗っ取って、うそのデータを注入したら、電力バランスが崩れて大変なことになる。それをどういうスキームで守るのか。乗っ取られてもすぐ見破る仕組みを作るには、けっこうおカネがかかる。コスト安にするロジックでどこまでやれるのか。──サイバーセキュリティは魑魅魍魎の世界?サイバーセキュリティ基本法はできたが、内閣府だけでその役割を担えるのかどうか。実は国にサイバーセキュリティにおける「消防署」作りを要請している。個々としては、危ないサイトに行かない、不明のファイルは開かない、もしシステムが変だったら、すぐに専門家に相談することだ。遠隔操作もされる。自分は大丈夫とは誰も言えないのが現実だ。
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21世紀は軍事よりサイバーが主流
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