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竜馬がゆく/体制維新

今また、体制維新の必要さを考えさせられるクダリと、
攘夷の言葉が、脱・原発に聞こえるクダリと。
 
勝は、直言家で、上司の無能を憎むところが異常につよかった。
だけでなく、皮肉屋で舌は人一倍まわったから、上役から好かれない。
たとえば、咸臨丸で米国から帰ってきたころのことだ。
万延元年五月五日、浦賀に寄航し翌々日、木村摂津守とともに将軍家茂に拝謁した。
かたわらから老中の一人が、
「勝、そちは一種の眼光をそなえた人物であるから、さだめし夷国に渡って、とくべつに眼をつけたところがあろう。それを詳らかに言上せよ」
といった。
「いや、人間のすることは古今東西同じもので、アメリカ国とて別に異なることはござりませぬ」
「いやいや、左様であるまい、御前じゃ、珍談奇譚などを申しあげい」
「左様」
勝は、薄ら笑った。
「少し眼のつきましたのは、アメリカでは政府でも民間でも、およそ人の上に立つ者はみなその地位相応に利口でございます。この点ばかりは、まったくわが国と反対のように思いまする」
門閥主義の徳川体制ではもはや国家はたもてぬ、という意味が言外にある。
が、老中は、将軍の前で自分たちがを愚弄した、とみた。
「ひかえろっ」
とどなった。
勝は、渡米によって、幕府より日本国を第一に考えるようになった。
当時の幕臣としては、危険思想といっていい。
 
……
 
「勝先生」
重太郎は、殺気だっている。
「先生は日ごろ、幕閣にあって開国論をとなえ、洋夷どもと大いにつきあえ、とおっしゃっているとききます」
「ああ」
勝はキセルにたばこを詰めた。
「そう言ってるよ」
「恐れ多くも当今(天子)は、洋夷が上陸することさえ、神州のけがれであると忌まれております。このこと、どうお考えでございますか」
「千葉君、きみはそのことを、まさか天朝様のお口からじきじきにお聴き申したわけではあるまい。また聞きのうわさを信じ、かつ不遜にもお心を推しはかって、わが言葉に焼きなおしているのだ」
「しかし」
言葉につまったが、感情はそれだけに昂ぶりはじめてる。
「わが大八洲は神々の住み給う結界にして、穢人(おじん)どもの一歩でも踏み入れるべき国ではありません」
重太郎は、流行の水戸的な攘夷思想にかぶれている。
それが同じく流行の国学者の攘夷思想と入りまじって、きわめて宗教臭のつよいものだ。
この神国思想は、明治になってからもなお脈々と生きつづけて熊本で神風連の騒ぎをおこし、国定国史教科書の史観となり、昭和右翼や、陸軍正規将校の精神的支柱となり、おびただしい盲信者を生んだ。
たしかにこの宗教的攘夷論は幕末を動かしたエネルギーではあったが、しかし、ここに奇妙なことがある。
攘夷論者のなかには、そういう宗教色をもたない一群があった。
長州の桂小五郎、薩摩の大久保一蔵(利通)、西郷吉之助、そして坂本竜馬である。
宗教的攘夷論者は、桜田門外で井伊大老を殺すなど、維新のエネルギーにはなったが、維新政権はついにかれらの手ににぎることはできなかった。
しかしその狂信的な流れは昭和になって、昭和になって、昭和維新を信ずる妄想グループにひきつがれ、ついに大東亜戦争をひきおこして、国を惨憺たる荒廃におとし入れた。
 
……
 
なるほど勝は、幕臣である。
すでに屋台骨にひびの入ってる幕府の建てなおしを考えて、右の壮大な近代国家の案を立案したのだが、
「しかしだめだね」
と勝はいった。
「わかるやつはいないのさ。たとえ居ても、そんなやつは下級のうまれで、それを実行できる大老や老中になれやしねえ。政治はみな門閥でやってる。これは諸大名もおなじだ。幕府の高官も諸侯の家老も、頭のぐあいは半人足で、そのへんの火消人足のほうがもっとましだよ。この半人足どもが、この内憂外患の時代に日本を動かしている、となれば坂本君、どうだ」
(略)
(それならば、それを実行できぬ幕府をぶっ倒して、京都を中心とする政府をつくり、それで日本を統一し、人材があればたれでも大老、老中にさせるような国家をつくればよいではないか)
こいつはおもしろい、と竜馬はうきうきしてきた。
まったく平明すぎるほどの実利的倒幕をいうべきもので、こんな発想をもった倒幕主義者は、ついに幕末、竜馬以外には、まず出現しなかったであろう。
多くは、武市半平太のように勤王一すじの復古的倒幕論者であり、桂小五郎、西郷隆盛など、ものわかりのいい連中さえ、この傾向がつよかった。
とくにこの三人は、長州、薩摩、土佐といった強藩を背景とし、自藩の利益や立場を考えすぎた。
そこへいくと竜馬は、脱藩の身だから、平明磊々としている。
 
……
 
「竜馬どのは」
とお田鶴さまは、まったく別な話題をえらんだ。
「開国主義になられたそうですね」
という言葉は、この当時。国賊、佐幕、売国奴、といったほどの強烈な意味をもっている。
「攘夷ですよ」
竜馬は反対のことをいった。
「坂本竜馬は、尊王攘夷のために死ぬつもりです。ただし、私の攘夷は、公卿や、一般の攘夷志士のようなそんな攘夷じゃない。例えばお田鶴さまはいまぬか袋をを使っていらっしゃるでしょう」
「ええ」
「シャボンという便利なものがあります。世の常は攘夷志士は、シャボンを使うと肌に夷臭がしみこむ、と申しますが、竜馬は、シャボンも使い、軍艦も使い、洋式火砲もつかい、革靴もはき、世界の列国とおなじ道具をつかった上で、日本をたてなおしたい」
「そのようなことをいうと、京都にうようよいる攘夷志士から殺されますよ」
「いや、今日の時勢でそんなことを申したところで誤解をうけるだけですから、時期が来るまで申しません。 (略) 」
 
……
 
「時流に同調することが正道ではない。五年後には、天下靡々としてこの竜馬になびくでしょう」
 

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