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下村満子/『挺対協』ある限り

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転載元 ぼやきくっくり

■下村満子さん、慰安婦問題を複雑にしている挺対協の暴露会見をお願いします。
2014.11.24

慰安婦問題に関しては、まだまだ皆様にお伝えしたいことがあります。

挺対協とは、韓国挺身隊問題対策協議会の略。
表向きは慰安婦支援団体ですが、韓国当局が「北朝鮮工作機関と連携し、北朝鮮の利益を代弁する親北団体」として監視しています。

その常任代表の尹美香(ユン・ミヒャン)は、2014年5月20日の日本人記者団との慰安婦問題に関するやり取りで、
「日本政府がどうすれば納得するのか」
という質問に対し、こんな無茶苦茶な要求をしています。

「人道に対する犯罪について、国際法的にも国内法的にも認めることが解決の出発点だ。
覆されることのない謝罪も必要だ。
そして、国庫からの賠償や教科書への(慰安婦問題)記述、亡くなった(元慰安婦の)方々の追悼事業、さらに当時の加害責任者を処罰することだ」

元慰安婦の金福童(キム・ボクトン)氏は挺対協に連れられて世界中を回っています。
グレンデール市の慰安婦像の除幕式にも参加していましたね。

金福童氏は日本にも何度も来ています。

2013年5月には、やはり挺対協に連れられて大阪市の橋下市長との面談のため来日したものの、面談は直前にキャンセルされました。

参考:面談ドタキャンで元慰安婦支援団体会見
http://www.youtube.com/watch?v=EC_nzqHTuJc

この後、当の橋下市長は午後の会見で、面談中止になったことについて、こう述べています。
http://www.youtube.com/watch?v=APngTZZxmUAより


とはいえ、今回はこの2人にはこれ以上は言及しません。

じゃあなぜ冒頭に2人を取り上げたのかというと、「元慰安婦を操る挺対協」という実態と見事に重なって見えたからです。
(これは上記のドタキャン会見からも垣間見えます)
 
前置きがやや長くなってしまいました。

「正論」2014年12月号に掲載されている、ジャーナリストで元朝日新聞ソウル特派員の前川惠司氏の論説『慰安婦問題解決を阻んだ朝日新聞と韓国』を中心に、今日はご紹介。
 
前川氏はここ数カ月、保守系オピニオン誌やテレビでよく見かけます。
古巣の朝日新聞を批判しているから需要が多いのでしょう。

この人は言い訳がましい発言が散見され、ちょっとなぁと思うことも多いのですが…

たとえば植村隆記者が女子挺身隊と慰安婦を「混同」した記事について、前川氏は「明らかな間違いですから、訂正は早々と出しているだろうなと思っていた」などと弁解しています。

とはいえ、今回の論説には、これは皆様に知っていただきたいという箇所がいくつかあったので、あえて紹介させて下さい。

実はそれは前川氏自身のコメントではなく、前川氏が紹介している他の人たちのコメントです。

それは「アジア女性基金」の元理事だった下村満子氏と、
「日本の戦争責任をハッキリさせる会」の代表だった臼杵(うすき)敬子氏です。

この2人の女性は、反日親韓という立ち位置ですが、実は韓国側に、突き詰めて言えば挺対協に煮え湯を飲まされた人たちなのです。

以下、前川氏が直接取材した彼女たちのコメントです。

まずは下村満子氏。


[画像は2014年5月30日放送「朝まで生テレビ!」より]

「日本が挺対協の人たちに妥協する必要性は絶対にない。
あの人たちは、(元慰安婦の)おばあさんたちを踏みにじっています。
おばあさんたちは、あの人たちにセカンドレイプされているようなもの。
それをコントロールできない韓国政府は何とだらしがないのか」

「挺対協のメンバーと来日した慰安婦のおばあさんが、『宿泊所に閉じ込められ、外に出るなと言われて嫌になる』と電話をかけてきたこともあります。
おばあさんたちは、内心で挺対協を恨んでいました。
挺対協が怖いから、公の場に出てこいと言われれば出て行き、デモをしろと言われればデモをした。
気の毒な弱者でした」

※「元慰安婦=気の毒な弱者」といえば、前川氏もソウル特派員時代にこんな目撃をしています。

《1993年11月、韓国の古都・慶州で当時の細川護煕首相と金泳三大統領との会談があったときのことだ。

韓国はもう冬の季節、身を刺す氷雨の日に、韓国の支援団体が、おばあさんたち10数人を中心にしたデモをした。

分厚いジャンパーを着こんでいても堪えられない寒さなのに、おばあさんたちときたら、薄い生地の白いチマチョゴリで、傘もささず雨の中を歩かされていた。

時おり、リーダーのハンドマイクに合わせ「日本は補償しろ」と叫んでいたが、顔は蒼白である。

「いくらなんでもカッパぐらい着せてあげなければ。
おばあさんたちが風邪をひいてしまう」
と案じた目の前で、おばあさんたちの1人が倒れた。

「これが人権団体のやることか」と思わざるをえなかった。》


再び下村満子氏のコメント。

「国交正常化の時の請求権協定からして、挺対協が主張するような国家補償はありえない」

「挺対協の人たちは、200年戦争だ、とも言っていた。
彼らが反日運動をやるのは自由だけど、おばあさんたちがどんどん死んで、仮に国家賠償が20年、30年後に取れたとしても何なのですか、
みんな死んでいるでしょうと、いくらいっても、おばあさんたちが死のうが生きようが、我々には関係ないと言っていた。
おばあさんたちに償い金をもらわれてしまったら、彼らの運動は終わってしまうから。
人権とか尊厳とかは口先だけでおばあさんのことを反日運動の看板として利用しているだけだ」

※これは日本の反日サヨクの多くにも当てはまることですね。
元慰安婦の幸せなど考えてなくて、日本を叩けるから利用しているだけ。


次に、臼杵敬子氏のコメント。


[画像は東亜日報2001/8/13付より]

臼杵氏は1997年7月に韓国政府により入国禁止措置を受けました。

「アジア女性基金」活動の架け橋的な役割をしてきたため、基金受け取りに反対する挺対協が、臼杵氏の入国を認めないよう韓国政府側に要求したのです。

入国禁止措置は2年2カ月にわたりました。

「入国拒否になる前に、韓国大使館から接触があった。
訴訟の打ち合わせもあるし、韓国のためにやっている人間をどうして入国拒否するのかと聞いたら、挺対協が法務省と外交通商省に、臼杵は基金を受け取れと言って動いているから入国させるなと申し入れたという返事だった」

※挺対協は「アジア女性基金」活動を徹底的に邪魔しました。
基金を受け取ろうとした元慰安婦らが挺対協からハラスメントや脅迫を受けたことは、日本政府による河野談話作成過程の検証結果報告書(PDF)にも掲載されています。

臼杵敬子:
「ジャングルの中を兵隊と手をひっぱりあい進んだおばあさんもいた。
部隊の中に、おばあさんを助けた兵隊さんが何人かいたケースもあったろう。
恋仲になった日本の兵隊の名前を万年筆のペン先で彫った刺青を右手にしていたおばあさんがいた。
平和な時が来たら一緒になろうねと約束して、彫りあったようだったが、その広島出身の飛行機乗りは戦死してしまったそうだ。
日本の兵隊だって1銭5厘で集められた命。
お互いに青春時代、いつ死ぬか、殺されるか分からないなかで出会った、ある意味ではピュアな間柄の面もあった。
しかし、おばあさんたちは、挺対協の調査でそんな一面は言えなかっただろう」


実は、下村満子氏と同じく「アジア女性基金」理事を務めていた大沼保昭明治大特任教授も、韓国や挺対協の批判をしています。

2014年8月、韓国メディアのインタビューにこう述べています。

◆「韓国の強硬姿勢に絶望」
アジア女性基金の元理事
産経新聞 2014.8.31

慰安婦問題をめぐり、元慰安婦に償い金を支給した「アジア女性基金」理事を務めた大沼保昭明治大特任教授は韓国メディアとの会見で、同問題が「極度に政治化している」と指摘し、強硬な姿勢を示す韓国側に「失望し、ひいては絶望している」と苦言を呈した。

日韓記者交流の一環で来日した韓国報道陣に語ったと聯合ニュースが31日報じた。

大沼氏は、朴槿恵大統領がこれまで以上の謝罪要求を続ければ、日本社会で受け入れられる解決策を日本政府が提示するのは難しいとの認識を示した。

また、韓国の支援団体が慰安婦問題を「韓国で根深い反日問題の方向に曲げた」と批判、
「元慰安婦の幸せや置かれた状況に関する問題ではなく、支援団体の正義を実現するためのものにすり替わった」と指摘した。
(共同)

ここに出てくる「韓国の支援団体」とは、言わずと知れた挺対協です。

この聯合ニュースの報道を見た前川惠司氏は、どういう意図で韓国メディアに対して発言したのかを、大沼氏に直接尋ねたそうです。

すると大沼氏の真意というのは、こういうものだったそう。

「韓国の市民社会は成熟していると期待していた。
しかし、そうでなかったことにもがっかりしているが、最後までお互いに絶望せずにやろうよ、
そのために韓国のメディアも反省して欲しい」

そしてそんな大沼氏に対し、韓国の取材団も
「私たちも、挺対協の言い分だけを鵜呑みにしていた点は、問題があった」
と打ち明けていたとのことです。
(いや、あんたら今も鵜呑みにしてませんか?)

実は、大沼氏がこの種の発言をしたのは、今回が初めてではありません。
すでに8年前、2006年の時点でこう述べています。

PDFファイルの文章、主要部分を起こしておくと…

「35年以上やってて自分ですごく嫌なのは、韓国の社会の余りにも変わらない、反日さえ言っていればいいという体質です」

「これほどだめだったのかということを韓国について知ってしまって、はっきり言って僕は今、韓国があんまり好きじゃないですね」

「自分が慰安婦問題についてやったことは日韓関係の改善には役に立たなかったのでしょうね」

大沼氏と臼杵氏は日本のメディアではほとんど露出がないようですが、下村満子氏は最近、慰安婦問題についてよく発言しています。

慰安婦問題などがテーマとなった2014年5月30日と9月26日の「朝まで生テレビ!」では、こういう発言がありました。


●くっくり @boyakuri
朝生で下村満子(アジア女性基金理事)が再び「なぜアジア女性基金のお金を慰安婦に受け取らせてあげなかったのか。韓国の団体は慰安婦を抗日運動に利用することしか考えてない」。
韓国の論客たちアタフタ。
2014年5月31日


●くっくり @boyakuri
河野談話について
早野透「植村君が連行と書いたのは間違いだが、甘言強圧はその通り」
秦郁彦「日本政府に責任はないのにそう並べてる」
早野透「日本が管理した」
下村満子「河野談話はこのままにして、これ以上謝る必要ない。
日本が管理しなかったら戦場であんな商売できませんよ」。
下村氏が意外な発言
2014年9月27日


下村満子氏は、8月19日のBS日テレ「深層NEWS」にも、秦郁彦さんとともに出演しましたが、ここまで言っています。

「私はもう朝日新聞はもう辞めた後ではありましたけど、朝日新聞はどちらかと言うと国家賠償と言うような立場だったけど、私はどう考えたってそんなものは成立するはずがない」

「まぁ、実はアジア女性基金の元理事たちと、実は最近こんな風になってきて、われわれのあの15年はなんだったんだろうと。
もう命がけで一銭のお金もいただいてるわけじゃないんですよ、ボランティアで。
むなしくなって全部、暴露するインタビューをしようかなんて、インタビューじゃなくて記者会見をしようかなんてジョークを言ってますが、あの、これ以上の、これ以上のものはこれからはできないでしょうと言うのが。
あの、あのときだからねできたんで、
しかもほとんど当事者が居なくなってるんだから、お渡しのしようもないわけですね。
挺対協にそんなおカネを渡したって謝ったってしょうがないわけで」

※詳細は『続・慰安婦騒動を考える』様>元女性基金理事による挺対協批判(下村満子)(文字起こし)をご覧下さい。


つまり、
「韓国=善、日本=悪」という固定観念に凝り固まっていた下村満子氏らは、見事にその幻想を打ち砕かれたわけです。

私はそんな彼らに同情する気持ちにはあまりなれませんが、ただ、その体験や証言は貴重だと思います。

日本が韓国とつき合う上で教訓を残してくれたという点では、むしろ感謝すべきかもしれません。

究極の教訓は「韓国には関わるな!」ですけどね(笑)。


そして「深層NEWS」で秦郁彦さんはこんな話をしています。

「これはもうね、挺対協というのは今やモンスターなんですよ。
韓国政府の高官が言ってるんですね。
『わが国ではこの問題に関する限り絶対的な拒否権は挺対協が持っている』。
だからいくら韓国政府と交渉してですね、話がまとまってもダメなんです」

下村氏もこの発言に同意し、
「そうです」「そうです」
と細かく相づちを挟んでいます。

挺対協が結成されたのは1990年11月ですが、1992年12月には、東京で開かれた「『従軍慰安婦』等国際公聴会」で北朝鮮の「朝鮮日本軍性的奴隷及び強制連行被害者補償対策委員会(朝対委)」と合流し、すでに慰安婦を「性奴隷」と位置づける政治宣伝工作に着手していました。
(産経新聞2012年9月23日)

その同じ時期、1992年6月から約半年かけて、挺対協の運動家とともに慰安婦40数人に本格的な聞き取り調査をしたソウル大学の安秉直教授は、調査終了後、挺対協から離れましたが、その理由を2006年12月に出演した韓国のテレビ番組でこう説明しています。

「挺対協の目的が、慰安婦問題の本質を把握し、今日の慰安婦現象の防止につなげることにあるのではなく、単に日本と争うことにあると悟ったからだ」

挺対協の目的を日本側がもっと早くに把握していたら、慰安婦問題はあるいは今とは違った経過をたどっていたかもしれません。
(「アジア女性基金」の発足は1995年7月)

下村氏、ジョークで終わらせず、本当に記者会見してほしいですね。

慰安婦問題を複雑にしている元凶が挺対協であることを、日韓両国民と世界に向けて知らせてほしい。

『続・慰安婦騒動を考える』のブログ主さんも、
「外国特派員協会辺りでぶちまければ、多少日韓関係の改善に役立つのではないか?
その方が、韓国政府もありがたいだろう」
と言われています。

ただ、もともと反日の下村氏はよけいなこともたくさん言っちゃいそうですから、ストッパー役として秦郁彦さん、あるいは西岡力さんなどに同席してもらった方がいいでしょうね(笑)。



関連記事↓


転載元 続・慰安婦騒動を考える

2014/08/24

■元女性基金理事による挺対協批判

「わたしが怒りを感じたのは、この慰安婦の人権だとか色んなことを言いながら、(挺対協は)実は彼女たちの人権とか一切考えてなくて、200年戦争だって言うんだから」

アジア女性基金の理事であった下村満子が、挺対協に対する不満と内幕を暴露している。
日本人にとっては目新しい話ではないが、外国特派員協会辺りでぶちまければ、多少日韓関係の改善に役立つのではないか?
その方が、韓国政府もありがたいだろう。

秦郁彦は、実はアジア女性基金に批判的で、著書の中で
「問題は……関係者のほとんどが不満足な気持ちを捨てきれず、対決ムードが充満するなかで、見切り発車した点にあったろう」
(慰安婦と戦場の性 p.289)

と批判しているように、
混乱の原因は基金側にもあると考えているが、ここではその事については黙っている。
挺対協がモンスター化し、韓国政府から当事者能力を奪っているという点では両者同意している。

なお、日本には反基金派もいて、先日、朝日新聞が女性基金を評価したことに(下村も言っているように、朝日は転向組)、wamが
「朝日新聞が相変わらず『女性のためのアジア平和国民基金』を評価していることには、失望を禁じえません」
などと声明を発表した。



以下、「深層NEWS『慰安婦問題を考える』」(一部) 2014.8.20

小西美穂キャスター
「慰安婦問題を巡って日本政府としてはどういう対応をしてきたのかと言いますと、こちらの年表にあります1995年なんですが、元慰安婦に対する補償を行うアジア女性基金、正式名称は女性の為のアジア平和国民基金というのですが、こういう民間の団体を設立しました。
このアジア女性基金は、韓国を含め数カ国の元慰安婦に対して、当時の橋本総理大臣によるお詫びの手紙の手渡しや国民の寄付から一律200万円の償い金の支給などの償い事業を行って来たということなんですけれども、下村さんはこのアジア女性基金の一員として業務に関わったおられたということなんですが」

下村満子
「一員というか、理事なんですが、呼びかけ人でもあったのですが」

小西美穂キャスター
「韓国の慰安婦に対する償い事業はうまくいかなかったということなんですが、どういう状況で、どうしてそうなったのか」

下村満子
「お時間がないので、簡潔に申し上げますけどね。
さっきちょっと私言わせてもらったように、現実に、しかも名乗り出るということ自体がですね、
やはり韓国の社会の中では、日本兵に身を売った女とかね、もう汚い女とかね、韓国の中でも親戚づきあい出来ない、そういう女性たちというか、みんなが名乗り出で来ているわけじゃないですよね。
名乗り出るにはよほどの勇気と、非常に困っているとか。
それと償い事業は、国民の200万円の寄付と政府が税金から……
国家賠償を請求されると言っても、国家賠償は日韓条約でもう終わっているということで、それは絶対にできないということで、医療福祉費、あの医療とか病気を治すおカネということで、道義的責任ということで出したんです。
合計500万円なんですが。
(1995.7設立)
それをね、それはまぁ不完全でありね、向こうも十分ではない、国家賠償、絶対だと言い続けていたし、日本はそれはできないということで、そこが不幸の始まりではあったんですが。

私はもう朝日新聞はもう辞めた後ではありましたけど、朝日新聞はどちらかと言うと国家賠償と言うような立場だったけど、私はどう考えたってそんなものは成立するはずがないし、少なくともお婆さんが生きている間、お婆さんというのは慰安婦のこと、おばあちゃん、絶対、生きている間、どうせならば命ある間にね、少なくとも、とにかく困っていて、その日の……ほとんど皆さん貧しい。
喉から手が出るように必要なんですよ。
その方たちにね、せめて500万円だろうがなんだろうが手渡したいという意志でやったんですよ。

で、さらにそのおカネだけじゃなくて、さっきおっしゃった総理のお詫びの手紙。
これは橋本さんだけじゃなくて、小泉さんにいたるまで。
で、それは私が実はお渡ししたときに、もう皆さん、ワーーっと号泣してね。
もう、これだけで十分ですと。
もう親戚縁者にこれを見せればね、お墓にも入れてもらえる。
おカネよりこれだって方が多いくらい感動して……
わたしはもう本当にね、現場で一緒に抱き合ってね、泣いてっていうことが結構あったんですね。
そのぐらい私は逆に言えば日本は真面目に、一生懸命にね、やれる範囲でやったと。

それを、挺対協という先ほどから出ている慰安婦を、なんて言うんですか、なんて言うの、
慰安婦を保護して慰安婦の権利を主張する代弁者ですね。
代弁者の団体の人たちが絶対に受け取るなとかね、受け取ったら将来、国家賠償が2000万円取ってやるのに、そのお前たちはもう権利がなくなるとか。
もう嘘はっぱちを、ごめんなさい、嘘っぱちと言うか、そう言うことを……
で、おばあちゃんたちはもう、学問もないし、分からないですよ、そんなことね。
そして、しかも、かなり逆に強制的に管理されていて、これを受け取りたいと言う方がいっぱい居ても、これを受け取ったら政府から出ている一種の生活保護も全部ストップするとかね。
そう言うことをしたんですね。
で、私は死んでも受け取らないと言う人は結構ですが、受け取りたいという方を妨害するのは、まさに人権問題じゃないんですかと。
すごく(やりとりが)あったんです。
これは台湾もそうでした。

ところが、私の感じから言うと、この方たち(挺対協)は慰安婦をタテに取って、慰安婦というこの方たちを利用してね、ハッキリ言って慰安婦のおばあちゃんの方たちのことなんか、ぜんぜん考えてないんですよこの方たちは」

玉井忠幸キャスター
「そうすると政治運動に」

下村満子
「そう。政治運動というか、反日運動の」

玉井忠幸キャスター
「に、引きずられて元慰安婦の方たちの想いが、こう置き去りにされてしまったと」

下村満子
「そう、まったくそうです」

玉井忠幸キャスター
「と言うことになるわけですね」

下村満子
「だから、受け取りたいって方には、もうどんどん今、死んでいて、あの頃の方たちもほとんど亡くなっています。
その方たちがせめてね、わずかでもこれによって少しはその生活が」

玉井忠幸キャスター
「その韓国の元慰安婦である方たちが、そういう状況、想いであることを、たとえば韓国政府とかあるいは韓国の世論というのは、きちんと理解できていないということなんですか」

下村満子
「できていないですね。
政府は分かっていますが、政府はこの挺対協が怖いんですよ。
日本と一緒でやっぱりその世論とかね、それとか新聞にどう書かれるとか。
だんだん弱腰になってきて。
最初このアジア女性基金はご存じだと思いますが、両国の政府がほぼ合意してこれで良かろうということでできているんですよ。
韓国政府とも実は、それは書いてありますよね、今度の新聞にも。
私たちもそう聞いていました。
ところが開けてみたら挺対協がもう断固反対とかね。
言い出した政府が弱腰になって挺対協の側について。
挺対協がオーケーすればいいけど、そうじゃない限り、みたいなことを言い出して。
まぁ、われわれはもう本当に、なんなのコレと。
で、一番、わたしが怒りを感じたのは、この慰安婦の人権だとか色んなことを言いながら、実は彼女たちの人権とか一切 考えてなくて、200年戦争だって言うんだから。
おばあちゃんが死のうが生きようが関係ないんだと。
われわれは戦う、200年戦争をするんだとハッキリおっしゃった方も居るくらいですから。
私は、今まで言わなかったんです。
こういうことはね。
やっぱり言ってはいけないと思ったけど、私はやっぱり今の日韓関係がこんなになったのは、確かに先生(秦)がおっしゃるように最初のスタートラインは吉田証言とかね、そういうものに飛びついてそれを非常に大きく報道したりとか、それはあったかもしれないけど、今は全部、分かっていながら、それをもうフルに利用して反日運動の道具に使っているというのは、ま、どっちもどっちと言えばどっちもどっちだけど、政治問題化をすごくしていて、本当にお婆さんたちの立場には立って居ないんです」

小西美穂キャスター
「秦さん、どうですか。
本当のその癒されるべきおばあさんたち、その女性たちの立場に立っていないような政治問題化してしまった愚かさみたいなところを指摘されているんですが」


「これはもうね、挺対協というのは今やモンスターなんですよ」

下村満子
「そうですね」


「韓国政府の高官が言ってるんですね」

「わが国ではこの問題に関する限り絶対的な拒否権は挺対協が持っている」

下村満子
「そうです」


「だからいくら韓国政府と交渉してですね」

下村満子
「だめなんですね」


「話がまとまってもダメなんです」

下村満子
「情けないじゃないですか韓国は、自分の国のそういう運動をねぇ」


「おまけにですね今度は韓国の司法部、裁判所がまたね」

下村満子
「あ、そうそう」


「これ政府が結んだ条約もダメだって、平気で言うでしょ。
だから端的に言いますと、いまや韓国政府は当事者能力がないわけです」

下村満子
「そうです」


「だからそれについて、なんとかしようと思っても、わたしは見込みがないと。
何をやってもですね。
だから今、その、まだ慰安婦を救え、とかなんとか言ってますよね」

下村満子
「だってもうほとんど居ないんですよね」


「もう、ほとんど居ないんですけどね」

下村満子
「あのとき一番若かった人でも85歳ぐらいですから」


「そうなんですね」

下村満子
「当事者が居なくて運動だけが残るんですかね。
だからこう銅像を立てたりとかね」


「いろいろやってますね」

下村満子
「いろんな形にして」


「そうなんです。
それで朴大統領もね、日本人の顔を見るたんびに言うわけでしょ。
慰安婦問題を善処しろとね。
じゃあどういう要求なのかと」

下村満子
「まったくそう」


「ぜったい、言わないんですね。
つまり言いようがないんですよね。
だからその日本側から知恵を出してくれと言うことだろうと思うんですよ、わたしの推測ではね」

下村満子
「アジア女性基金」

玉井忠幸キャスター
「活動されてきたアレで言うと、日本が新たに知恵を出す余地っていうのは何か考えられますか?」

下村満子
「まぁ、実はアジア女性基金の元理事たちと、実は最近こんな風になってきて、われわれのあの15年はなんだったんだろうと。
もう命がけで一銭のお金もいただいてるわけじゃないんですよ、ボランティアで。
むなしくなって全部、暴露するインタビューをしようかなんて、インタビューじゃなくて記者会見をしようか、なんてジョークを言ってますが。
あの、これ以上の、これ以上のものはこれからはできないでしょうと言うのが。あの、あのときだからね、できたんで。
しかもほとんど当事者が居なくなってるんだから、お渡しのしようもないわけですね。
挺対協にそんなおカネを渡したって、謝ったってしょうがないわけで」


「だから、挺対協もね、だからおカネは出しなさいと、追加でね、出しなさいと。
そのおカネもですね、筋の通らないカネじゃなくて国会で議決してとかね、
それからお詫びもね、誠意のこもったね、総理大臣なり国会決議とかね」

下村満子
「だからね、壊れたレコードみたいにおんなじことの繰り返しなんですね。
だから私は正直、あの、どうしたらいいかと言うときに、まぁ、二つあって、
一つはもう放っとけと。
もう両方がどん底まで行ったら嫌でも反転するから、と言うのが一つと、
同時に、もう戦争を知っている世代ではない、新しい若い世代が過去のこの不幸な歴史をですね、
70年前に時計を戻すことはできないんですよ。
どうしろと言われたって、謝れとか処罰せよと言われたって。
だからこれをね、本当により良い日韓関係を作るために次の世代がね、もう戦争のそういうことと関係のない世代が本当に知恵を出してやっていただくしかないんで、しばらくは、あの……」


「ただね、向こうの人でもね、ちゃんとものの分かる人が居るんですよ。
そういう人が発言するとね、袋だたきに遭うんです」

下村満子
「そうそう」


「親日派だー、っていう一言でね。
だから、この前も首相候補で就任するかと思われたら、これ親日派だと誰が言い出した途端にですね、もう本人も辞退と。
だから親日派はね、学者でもなんでも呼び出されてですね、挺対協の前で土下座させられて殴る蹴るなんですよ。
ですから、わたしはね、これどうしようもないからね、向こうからですね、あのちゃんとねこう冷めた気持ちになって、それで日本はいつでもドアは開いていますという……」

下村
「ただ先生ね、一方において日本にもせっかくこう、また引っくり返すようなことを言う閣僚なんかもときどき出てくるんで」

小西美穂キャスター
「これだけでは時間がちょっと短いのは大変恐縮なんですが、ココでお時間となりました。
今日はありがとうございました」


サルメラ:
日本にも『在特会』というのがある・・・

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