TPP交渉参加を表明
首相「国家100年の計」読売新聞3月16日安部首相は15日、首相官邸で記者会見し、環太平洋経済連携協定(TPP)への交渉参加を正式に表明した。TPPを「アジア・太平洋の未来の繁栄を約束する枠組み」と位置づけ、交渉参加を「国家100年の計」と説明した。首相は記者会見で、「国益になるだけではなく、世界に繁栄をもたらす」とし、「日本が新しい経済圏をつくり、自由や民主主義などを共有する国々が加わることは、日本の安全保障やアジア太平洋地域の安定に大きく寄与する」と述べ、安全保障上の意義も強調した。交渉参加のタイミングについては、「今がラストチャンスだ。この機会を逃すと世界のルール作りから取り残される」と述べた。参加11か国ですでに合意したルールに関しては「ひっくり返すことは難しい」としつつ、「世界第3位の経済大国としてルール作りをリードしていくことができる」と、今後の交渉に自身も示した。交渉力を駆使し、守るべきものは守り、攻めるべきものは攻めていく。日本の農業、食を守ることを約束する」と述べた。「TPP」はピンチではなく大きなチャンス」とし、農業を成長産業にするための対策を講じる考えも示した。「日本の成長」に向けた大きなビジョンを示す言葉が続いた。「世界の国々は海外の成長を取り込むべく、ダイナミックに舵を切っている。日本だけが内向きになっていては成長の可能性もない」「本当に恐れるべきは、過度の恐れをもって何もしないことではないか」安倍首相は時折語気を強めながら訴えた。内外と交渉 総力戦
関税引き下げなどで特定の国同士が関係を深める経済連携協定(EPA)で日本が出遅れる中、近年は日本企業が、生産拠点を海外に移す動きを加速させている。同じ貿易相手国に輸出するなら、関税のかかる日本でつくるより、その国と結んで関税がかからない国でつくったほうが有利になることが一因だ。自民党のTPP対策委員会の西川公也委員長は14日、「農林水産分野の5項目などの聖域確保を最優先、実現できないと判断すれば交渉からの脱退も辞さない」とする党の決議文を安倍首相に提出した。コメ、砂糖、でんぷん、乳製品、麦、肉(586品目)をすべて守った場合、10年以内に関税を撤廃する貿易品目の割合を示す「自由化率」は94%程度となる。TPPは関税の原則撤廃を目標に掲げており、一部の例外があっても自由化率は98%以上に達すると予想されている。林農相は15日夜、記者団に対して「(コメなど)重要5項目の聖域を確保するよう全力を尽くす」と意欲を見せたが、政府内には「1~2項目は守れるだろうが、5項目はとても守れないだろう」との悲観論が強い。何を守り、どのような農業政策を打ち出すのか。政府高官は「世界中が参加した世界貿易機関(WTO)の交渉と、過去の厳しい日米経済協議を合わせたほどの交渉力が問われる」と気を引き締める。『社説』
自民党の決議は、コメ、麦、牛肉、豚肉、乳製品、甘味資源作物の農産品5項目を例外扱いと、国民皆保険制度の維持を最優先で求めたのがポイントだ。攻防が予想されるのが、関税撤廃の例外品目の絞り込みだ。日本はこれまでの通称交渉で、関税分類上、コメ、麦など農産品を中心に、全体の約1割に相当する約940品目の関税を一度も撤廃していない。カナダは乳製品、メキシコは繊維や靴など、各国とも例外扱いを望む品目がある。日本は米国との事前協議で譲歩し、米国が乗用車とトラックにかけている輸入関税の撤廃を当面猶予する方針で大筋合意した。日本はその見返りに、米国から農産品で譲歩を引き出すべきだ。日本は近く、欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)交渉開始に合意し、日中韓の交渉もスタートさせる予定だ。TPPで反転攻勢をかけるとともに、他の交渉も加速し、通商政策を巻き返さなければならない。日本を警戒 米議員が書簡
米民主党の上下両院議員49人は14日、オバマ大統領に書簡を送り、日本がTPPに参加すれば、「日本からの輸入増加により、米国の生産と雇用の減少につながる」と、自動車関税の維持を求めた。日米両政府は、日本の交渉参加表明前に事前協議の決着を模索したが、結局、間に合わなかった。「日本の参加を警戒する声が強まり、米政府が調整に手間取っているのではないか」(政府関係者)との見方もある。保険やその他の非関税分野について米国内の意思統一が遅れている側面もある。29分野とされる交渉の全体像は参加が決定する6月以降に初めて明らかになる。すでに決着済みの分野は日本は受け入れざるをえない後発ゆえの制限もある。主に途上国を念頭に置いた国営企業の優遇問題では、日本郵政がやり玉に挙がるという見方が少なくない。今後の交渉は、規制緩和や競争の活性化で価格が下がったり、サービスが向上したりする可能性を広げる必要がある。同時に、海外の投資家から政府が不当に訴えられたりする可能性など、不安の芽をできる限り摘む努力も政府に求められる。TPP参加でどう変わる?
TPPで私たちの暮らしはどう変わるのか。日本は農作物を中心に、海外から入ってくる商品に関税をかけている。交渉の結果、関税が段階的に低減すれば、輸入品が安く買えるようになり、家計の負担は減りそうだ。牛肉にも38.5%の関税がかかっている。輸入牛肉の多くは、TPP交渉に参加する米国産・豪州産が占める。関税がなくなれば、外国産の肉を使っている牛丼チェーンの商品は、2割ほど安くなるとされる。日本が強みを持つ製造業で輸出が増え、企業の業績が改善し、雇用が安定する効果も期待できる。現状では、各国ごとに異なる貿易・投資ルールが設けられているが、TPPによって統一されれば、必要な書類なども減り、手続きが簡素化される。人手の足りない企業も海外でビジネスがしやすくなる。現在、米国に滞在する際、期間を延ばすための査証を更新するには、米国領事との面接が必要だ。予約が取りにくく、20日も待たされるケースもあるが、査証の発給基準が緩和されれば、海外出張・転勤がしやすくなる利点もある。知的財産を保護するルールも設けられる。海賊品や模倣品は、アジア地域を中心に横行し、正規価格の4分の1程度で販売されている例もある。海賊版の氾濫で自社製品が売れなくなるなどの被害を受けている企業にとっては朗報だ。日本は、人気のアニメなどの海外への輸出増を目指している。知的財産のルールができれば、違法コピーや関連商品の模倣品の防止に役立ちそうだ。ただ、良いことばかりではない。残留農薬や遺伝子組み換え食品の表示などで、日本の基準を合意内容に合わせることになれば、、食の安全が脅かされる可能性がある。米国は、薬の特許権の強化を提案している。日本の製薬会社などの間では、特許が切れたあとに、同じ有効成分でつくる後発医薬品(ジェネリック)がつくりにくくなるのではとの不安がくすぶる。国民が何らかの医療保険制度に加入し、病気やケガをした場合、医療給付が受けられる国民皆保険制度は、TPPに参加しても守られる見通しだ。日本の保険会社による海外展開が容易になるものの、日本郵政グループのかんぽ生命については、「政府の関与が残っている」として、新商品を出せない可能性がある。「聖域守れるか」 / 「世界で勝負する」
福井市の農家、片岡仁彦さん(50)は「TPP交渉参加に賛成」という。18年前に脱サラでコメづくりを始め、一般家庭と契約する独自のルートで、販売している。「手頃な価格でおいしいものを提供しており、外国産に負けるとは思わない。保護に頼り、経営意識のない農家は多い。TPP参加と引き換えに、単に農家を守るような政策は取らないでほしい」と訴えた。約400頭の乳牛を飼育する北海道幕別町の山田敏明さん(51)は、「不安もあるが、これからは農家が知恵を絞って体力をつけていく時代になる」と受け止めた。カイワレダイコンなどを栽培する村上農園(本社・広島市)の村上清貴社長(52)は、「国内は人口減で市場も縮小しており、TPPヘの参加は海外進出のチャンスになる。海外で日本食は人気のブランド。価値の高い農産物をつくる必要がある」と意気込む。しかし、懸念も拭いきれない。松江市のコメ農家、福間忠士さん(71)は「聖域を守る、と言っても、米国が納得するとは思えない。政府も最後は妥協してしまうのではないか」と心配した。大阪ミナミのアメリカ村にあるお好み焼き・たこ焼き店「わ」は、材料の8割が輸入物という。自民党が麦や牛肉・豚肉などを関税撤廃の例外扱いにするように求めていることについて、男性店長(62)は「TPP参加は大歓迎。農家ばかりが守られているが、外食産業も大変な目に遭っている。すべて関税撤廃にしてほしい」と求めた。TPP交渉に参加しているニュージーランドやオーストラリアの牛肉を使用する「日本マクドナルド」の広報担当者は「関税が撤廃されれば、コスト面でプラスになる。一刻も早くルール作りに加わるべきだ」と話した。フォークリフトの油圧系部品などを製造し、米国やヨーロッパなど海外での販売が売上の半分を占めるという、兵庫県尼崎市の「ゼロ精工」の佐藤雅弘社長(43)は、「品質に絶対の自信を持っていても、これまで価格がネックになっていた」として、TPP交渉参加を喜んだ。「今後は国内市場だけでは売り上げが伸びる要素は極めて少ない。現状を打破して生き残るには、日本の製造業は世界の市場で勝負すべきだ」と話した。米の「中国包囲網」前進 日本参加を評価
日本の参加は、TPPの効果を最大限に発揮するためにも大きな力になると米国はみる。地域の経済大国である日本が参加すれば、TPPが地域の貿易の「標準ルール」となることが、より確実になるからだ。念頭には、不公正な貿易慣行や知的財産権の侵害が指摘されている中国がある。オバマ政権のドロニン大統領補佐官(国家安全保障担当)は11日、オバマ政権2期目のアジア重視政策を包括的に示した講演で「米産業界は、中国からの大規模なサイバー攻撃によるビジネス情報や特許技術の盗難に対し、深刻な懸念を示し始めている」と警告した。ドロニン補佐官は講演で、TPPがアジア重視政策の経済面の中心になると強調した。「中国の現状では決して参加できない」(外交筋)とされるTPPによる包囲網に日本も加われば、中国は米国主導の貿易ルールに従うはずだという思惑がある。補佐官はTPPを、安全保障面での米軍の前方展開に並ぶものだと位置づけた。沖縄県の尖閣諸島をめぐる中国との対立を抱える日本にとり、TPP参加は米国の安全保障面での関与を引き出す側面もある。13日にワシントンで開かれた討論会であいさつしたズムワルト国務次官補代理は「日本は米国にアジアへの関与を続けるよう求めている」と述べた上で、日本のTPP参加は「戦略的な価値」があるものだと強調した。仲裁役
世界第3位の経済規模を持つ日本の参加は、TPP交渉の構図も大きく変えることになりそうだ。これまでは、米国が圧倒的な力を背景にする自国の利益を強く要求する「1強10弱」の構図だった。新興国からは、日本が米国との間に入って、「仲裁役」となることで、各国が利益を分け合う協定にしたいという考えがある。一方、米国は、新興国における投資ルールの整備などで、日本の協力を求めるとみられる。政府の産業競争力会議で民間議員を務めるローソンの新浪剛史社長は「日本が調整役になれば、TPPに入るメンバーももっと集まる」と指摘している。山下一仁・キャノングローバル戦略研究所研究主幹日本のコメは、世界に冠たる品質を持っている。これまで価格を支えてきた減反(生産調整)をやめれば、価格競争力がつき、輸出も増やせる。国内市場は縮小している。農業は、変わらなければ衰退する産業だ。交渉参加をきっかけに、根本的な構造改革に取り組むべきだ。浦田秀次郎・早大教授(国際経済学)海外から安い製品が入ってくるため、短期的には国内の失業者が増える懸念がある。政府は、産業競争力会議などの場で民間企業からの声を聞き、不安を和らげる必要がある。
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白のTPP
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